屋上考 memo

屋上考

屋上は、一人になれる場所だったりする。
校舎の屋上で、授業をさぼって校庭の歓声や街の音を遠くに聴きながら、空を見上げていた。そんな記憶。
社会人になっても、一服できる場所であったり、日常から少しの間、抜けられる場所。

屋上は、都市から切り取られている。
宙に浮いて、しんとしている。
空が近いから、あかるい。てりかえしもきつい。
風もつよい。

下にいると、自然のさなかにいること、太陽や風がいつもやさしかったり、力強かったり、恐かったりすることを忘れてしまう。地球は物凄い速度で宇宙をつんざいていることを想い出せなくなる。ここにきたら、すこしそのことを想い出すかもしれない。

もっと屋上を開放する。そして「庭」をつくる。そこからの恵を感じられるようにする。そして、恵に対して感謝の気持ちをお節供や収穫祭というかたちにする。ワークショップなどをとおして。
屋上が「伝承」のコミュニティーになっていく。

そんなアイデアで、今いくつかのプロジェクトが進行している。


以下memo。

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地下他界があった。例えばアルタミラ。
地下他界と蛇や蛙や猪や熊、植物、そして月は、密接な繋がりをもっていた。
縄文土器にはそうした模様が多い。冬に地下や穴で冬眠し、春になると生まれる、彼らを捕まえていた狩猟の民である古代の人は、その再生を願って深い深い洞窟で祭祀を執り行ない、踊り、地下の色であるベンガラで絵を描いた。地下の水を吸い上げる、冬には枯れ、春に再生する植物も同じように考えられた。月は満ち欠けし、水を司る天体であった。
古代の人々は、獲りすぎることをしない。そうして冬になると再生を願った。春から秋までは猟をした。命を生かしてくれる獣や魚や鳥や植物は、皆、神なのだ。アイヌ人の熊や琉球のウミヘビの漁にもそうした思想は残っている。

それが定住農耕生活により、太陽信仰になると、地上に出てくる。
地上には太陽へのモニュメンタルな建築が出来、冬至を起点に暦も生まれる。
王は太陽神になった。

表に出ると、建築は外観をもつ。それまでは外観はなかった。
地下他界が表にでたとき、内側は外部に出て来たが、観念が表に出たのが建築の外観である。教会や、イスラム教に見られるドームは地下他界そのものだ。外側に地下の観念を刻み付け、それは魔除けになった。
内側のステンドグラスは洞窟から見上げた光、さしこむ光そのものだっただろう。
もしくはそれは月明かりだったかもしれない。
太陽は眼を凝らしてもまぶしくて真ん中がよく見えない、それが「日」という象形文字を生み出した。「明」という漢字は窓から射し込む月明かりの象形。窓は洞窟の入り口や隙き間だった。

モダニズムは外壁を塗りつぶし、新しい素材は高層化をうながした。
そうして生まれたのが、今度は建築内部の地下通路。しかし今度はむしろ上へ向う。すなわち階段やエレベーターである。その暗く狭い通路を抜けると、もう一段高い拓けた場所に我々は登れるようになった。それが「屋上」である。

太陽や、月や星が近い屋上で、もう一度母なる国へ想いを巡らせることは可能である。地下他界の上に立つ建築、外壁も内壁もきれいにコテで撫でられた。屋上は忘れられた場所。手の及んでいない未開の場所。屋上は大地と空との間を繋ぐ新しい場所なのだ。

天と地と人、大空と大地と人を、屋上は結び直してくれるのではないだろうか?屋上は高いから遥かな場所へ思いを馳せることができるだろう。例えば富士山。コンクリートジャングルの向こうには森や海や山。もっと先、桃源郷?ニライカナイ?エデン?月、星、太陽。宇宙の果てへ。
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庭の施工例。
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そういえば、「温室」も屋上なのです。




小さい頃から雑木林の中を走りまわっていました。その時の様々な感覚が、庭をつくる際の「根っこ」になっています。庭は、切り取られた自然だとしても、そこに生命が育まれ,生態系が生まれます。一瞬一瞬の美しさを感じ、その場所に佇んでいると、きっと何かが見つかると思います。

(有)温室では、主に個人邸を中心に、多くのお客様の庭作りとその後の管理を通して、自然が身近にあることで分かち合えるものを大事にしながらデザイン及び管理をしています。